近況報告・2026
- 6月9日
- 読了時間: 7分
更新日:6月10日
久しぶりのブログになります。
最後にブログを書いたのは2023年12月31日。気がつけば、2年半もの間まったく更新していませんでした。
Instagramを中心に、FacebookやたまにXでも近況は発信していたので、自分としては「何も発信していない」という感覚はなかったのですが、改めて振り返ると、「時間を作ってブログを書く」という時間が、この2年半の間ほとんどなかったのかもしれません。
情報があふれ、次々と新しい話題が流れていく時代に、更新速度が驚くほど遅いこのブログを読んでくださり、本当にありがとうございます。久しぶりの更新なので、少し長い文章になってしまいますが、どうぞお付き合いくださいませ。
この2年間半の間、本当にさまざまな出来事がありましたが、私にとって最も大きな変化は、2024年5月に娘・柚が生まれたことです。
出産に至るまでは、不妊治療の期間も含めると長い長い道のりでした。そのことについては、また改めて別の機会に記録として書き残せたらと思っています。
とにもかくにも、出産を機に生活は大きく一変しました。
かなりの高齢出産だったこともあり、同世代の友人たちの子どもはすでに10歳を超えて、中には成人している子もいます。そんな友人たちからは、「赤ちゃんの時代は本当に短いから、大切にするんだよ」と何度も言われていました。
けれど当時の私は、慣れない育児に追われながら「早く大きくなってくれたらいいな!」と思う日々。
怒涛のように毎日が過ぎていき、気がつけば娘も2歳。
いつの間にか赤ちゃんを卒業し、すっかりキッズになっていました。
今になってようやく、「赤ちゃんの時間は本当に短い」という友人たちの言葉の意味がわかる気がしています。
もちろん、活発になった今も目が離せない毎日ではありますが、焦らずゆっくり一緒に成長していけたらと思っています。柚も2歳。私もお母さん2年生です。
毎日新しいことを覚えていく娘の姿を見るのは本当に楽しく、仕事との両立はなかなか大変ではありますが、私にとって新しいモチベーションにもなっています。
長年、制作活動に携わってきましたが、人形劇をはじめとする私の作品づくりには、いつも「子どもたちの想像の世界へ続く何かしらの鍵になれたら」という想いがあります。
阪急うめだ本店のクリスマスディスプレイの仕事は、阪急装飾部のアートデイレクターであった亀山和廣さんを中心に、多くのプロフェッショナルの方々の力が集結して作り上げられた総合芸術の世界でした。毎年3月頃から準備が始まり、気がつけば一年中クリスマスのことを考えていたのではないかと思うほど、多くの人形を制作してきました。6年間で制作した人形は500体を軽く超えていたと思います。
今振り返ると、本当によくやってきたなあと、どこか他人事のような気持ちにもなります。
2019年に初めて阪急ウィンドウのお話をいただいた時、姪は小学1年生でした。6年間携わらせていただいた最後の年には、小学6年生。私自身も、阪急のクリスマスウィンドウと共に小学校を卒業したような気持ちになりました。
毎年クリスマスになると、横浜の家族が大阪へ見に来るという恒例行事まで生まれ、この仕事は私だけでなく家族にも大きな影響を与えてくれました。本当に沢山のことがありましたが、全ての経験は、私の大切な財産です。
完成したウィンドウの前に立ち一番好きだった景色は、作品そのものを見ることよりも、それを楽しんでくださる方々の表情を見ることでした。なかでも子どもたちが目を輝かせながら見ている姿には、いつも心がときめきました。なぜなら、私自身も子どもの頃、横浜高島屋の大きなウィンドウディスプレイ(当時あったのです)を見るのが大好きだったからです。その前に立つだけで、全くの別の世界に行ったような、物語の世界に入り込んだような気持ちになっていました。
周りの人たちからは子どもより仕事なのでしょうと思われることも多かったのですが、子どもはずっと欲しいと思っていました。ただ誤解されるような仕事中心の生活を送っていたのも事実でした。「仕事が楽しい!」という毎日を走り続けるうちに時間だけが過ぎ、なかなか子どものことまで考える余裕がなかったのも確かでした。
そんな中、阪急ウィンドウ企画を通じて出会ったディスプレイ・デザイナーの小島靖史さん、そして中学・高校の剣道部時代からの親友、早坂純子さん(当時、チェコに駐在。現在は日本に帰国。アシスタントとして仕事を支えてくれています。)お二人にの大きなバックアップのおかげもあり不妊治療を始めることができました。
私の中では、阪急のプロジェクトと不妊治療はずっと並走していた時間でした。
いつか自分の子どもに見せられたら――。
そんな願いを心の片隅に持ちながら続けていましたが、不妊治療は思っていた以上に簡単なものではありませんでした。
治療中には命に関わるような出来事もあり(そのことについては、いつか改めて書けたらと思います)、何度も心が折れそうになる出来事もあり、一度は諦めかけた時期もありました。
それでも続けた先に娘が生まれ、そして阪急ウィンドウ最後の年に、一緒に作品を見ることができました。娘はまだ生後半年だったので、もちろん記憶には残らないかもしれません。

それでも、長年の夢のひとつだった「自分が携わった仕事を、自分の子どもと一緒に見る」という願いが叶ったことは、本当に幸せな出来事でした。改めて、支えてくださった仕事関係の皆さま、アシスタントの皆さま、そして家族に心から感謝しています。
そんな娘も先月2歳になり、今月から慣らし保育園に通い始めました。
毎日ではありませんが、ほんの少しだけ自分の時間も持てるようになってきました。
まだまだ本調子といったペースでは仕事はできていませんが、一つ一つ丁寧に向き合いながら進んでいけたらと思っています。
近況のお知らせとしては、東京藝術大学大学院時代の同級生である画家・永井夏夕さんが、横浜高島屋美術画廊(会期:6月17日(水)~22日(月))にて開催される個展『いつか、水に還る』に、数点のコラボレーション作品で参加させていただくことになりました。
私が出会った頃から、夏夕ちゃんは一貫して「空」を描き続けています。
その力強い継続力と、風景の中にそっと息づく物語の繊細さに、私はいつも心を惹かれてきました。今回、その個展でご一緒させていただけることをとても嬉しく思っています。
夏夕ちゃんの描く空や風景の中に、私の人形たちがどのように存在しているのか、ぜひご覧いただけましたら幸いです。
また、生まれ育った横浜の街で、幼い頃からで親しんできた横浜高島屋の開催ということもあり、私にとっても感慨深い機会となりました。
会期中、お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。
また、京都プラハ姉妹都市提携30周年の記念ロゴをデザインさせて頂きました。

チェコ・プラハにおいてライオンは、長い歴史の中で国を守る象徴として人々に親しまれてきた存在です。一方、邪気を払い神域を守る守護獣・狛犬は、神社仏閣が集まる京都には数千体以上存在すると推測されており、その起源は古代オリエントのライオンにあるとされています。
京都・プラハ姉妹都市提携30周年という節目を迎えるに当たり、国や地域を守り続けてきた獅子たちが、互いに見つめ合いながら友好を深める姿を表現し、両市の末永い発展と、人と文化をつなぐ交流がこれからも豊かに続いていくことへの願いを込めて、本デザインを制作しました。
私自身、プラハで暮らし始めてから20年近くになります。
異なる文化の間を行き来しながら制作を続けてきた中で、日本とチェコをつなぐようなお仕事に携わる機会をいただけたことを、大変光栄に思っています。記念すべき節目の年に、このような形で関わらせていただけたことに心より感謝しています。
このブログもまた更新していけたらと思っています。
制作のこと、チェコでの暮らしのこと、子育てのこと。
日々の小さな出来事も含めて、またここに少しずつ書き残していけたらと思っています。
更新は相変わらずゆっくりかもしれませんが、これからもお付き合いいただけましたら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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